04.02.2012 [都市]
立春の土曜日。南三陸町の志津川にいる。
初めて志津川に来たのは昨年の五月1日。翌日石巻に近いホテルのテレビで、南三陸のホテル観洋が、
喫茶店のみ仮営業を始めた、すこしづつでも動き出したいとの従業員の暑い思いで営業を始めだしたと報じられていた。翌月また志津川にいった。インターネットではホテルはまだ営業していないとのこと、野宿覚悟でいってみると、工事関係の方々が通常サービスではないということを了承の上で宿泊できるようになっていた。僕が泊まったのは窓のない独り部屋、おそらく添乗員さん用かなにかの部屋だったのだろう。それでも泊まれるだけありがたい。そして多くの部屋は避難所として、被災者の方々が利用していた。
今や通常の利用に戻ったのである。

もうロビーに勉強をしたり漫画を読んでいる子供たちはいない。
ひと風呂浴びた宿泊客は朝日を見ながら朝食を待っている。

漁港は少しづつだが施設が建ち始めている。
とは言っても多くの海沿いの地区はまったくかわっていない、
がれきがなくなった分寂しくも思われる。
がれきはある意味記憶のレコーダー。
雪でほんの少し化粧された、
節分の日の志津川。









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2012.01.06 [都市]
13.08.2011 [都市]
長らくさぼってしまっておりました。。。。
久々の更新であります。
先週の土曜日。
第二回、ヒトヒトツチライブ
見知らぬ星に降り立った3人
「探しにゆく」
を突然ながら行いました。


今回は野外ライブ。
武蔵小金井駅より武蔵野公園くじら山までの街歩きの中なにかがおこると、、、、、
そんな簡単な打ち合わせを直前にしてあとは当日集合ということになった。
いつもながらヒトヒトツチのライブは緊張する。
当日早朝に外観の撮影が入っていた。
日の出とともにそうそうに仕事を終わらせ、
僕は一度ライブ前に小金井からくじら山までを歩いてみようかと思った。
ただ歩くのではつまらない。
1998---99に、アジアのいくつかの都市で「路上写真展」を開いた。
http://www.tosh-a.com/0000html/002.html
では21世紀版「路上写真展」を開催。ということで、今回は大型カメラではなく、チェキを使って、街の片隅に写真を貼付けようという試み。

駅をスタート


道すがらはって行く




すでにそこにある風景。
写真を見ずとも1/1の大きさでそこにある。
景色をフレームすることで見えてくる何か。
一枚の写真が加わることで変化する景色。


歩く、撮る、貼る、歩く、

くじら山到着。

急いで帰宅して、、、、
ライブ開始三十分前から駅前の歩道で僕はひたすらハピドラムを奏でだした。
そしていつしかライブはパフォーマンスは始まった。
日常と少し違った感じ方をすると見えてくるもの。
写真展は写真が消滅するまでやっています。。。。。
放置写真展です。。。。
これで終わりではないかもしれない。。。。
もしかしたら増え続けるのか、
違う街でも行うのか、、、、、、
あなたの街で、チェキの写真が貼ってあるのを見かけたら、、、、
もしかしたらば僕かもしれない、、、、、、、、、、、
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久々の更新であります。
先週の土曜日。
第二回、ヒトヒトツチライブ
見知らぬ星に降り立った3人
「探しにゆく」
を突然ながら行いました。


今回は野外ライブ。
武蔵小金井駅より武蔵野公園くじら山までの街歩きの中なにかがおこると、、、、、
そんな簡単な打ち合わせを直前にしてあとは当日集合ということになった。
いつもながらヒトヒトツチのライブは緊張する。
当日早朝に外観の撮影が入っていた。
日の出とともにそうそうに仕事を終わらせ、
僕は一度ライブ前に小金井からくじら山までを歩いてみようかと思った。
ただ歩くのではつまらない。
1998---99に、アジアのいくつかの都市で「路上写真展」を開いた。
http://www.tosh-a.com/0000html/002.html
では21世紀版「路上写真展」を開催。ということで、今回は大型カメラではなく、チェキを使って、街の片隅に写真を貼付けようという試み。

駅をスタート


道すがらはって行く




すでにそこにある風景。
写真を見ずとも1/1の大きさでそこにある。
景色をフレームすることで見えてくる何か。
一枚の写真が加わることで変化する景色。


歩く、撮る、貼る、歩く、

くじら山到着。

急いで帰宅して、、、、
ライブ開始三十分前から駅前の歩道で僕はひたすらハピドラムを奏でだした。
そしていつしかライブはパフォーマンスは始まった。
日常と少し違った感じ方をすると見えてくるもの。
写真展は写真が消滅するまでやっています。。。。。
放置写真展です。。。。
これで終わりではないかもしれない。。。。
もしかしたら増え続けるのか、
違う街でも行うのか、、、、、、
あなたの街で、チェキの写真が貼ってあるのを見かけたら、、、、
もしかしたらば僕かもしれない、、、、、、、、、、、
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18.04.2011 [都市]
16年前、友人の建築家達と三人で、ベトナム、カンボジア、タイと旅行した。帰国前日の夕方、旅最後の食事に行く前に帰国のための支度を同室の友人としていた、何気なく部屋にはテレビがついていた。タイ語のテレビからの言葉にはまったく反応が起こらない、黙々とフィルムの整理をしていた、何気なくテレビの画面が目に入った、何やらどこかの火山が爆発している映像だった、しばしテレビを見ていると地震にゆれている千葉NHKの映像が、その後津波、さらなる火山の爆発、さまざまな映像が流れてくる。いったい日本は、東京はどうなっているのと二人で呆然とテレビを見ている、タイ語のアナウンサーはなにをしゃべっているのか皆目見当がつかない。そしてしばらくしてほっとした、タイのテレビ局が作った防災番組で、過去の日本で起こった災害をいろいろと流していたのだった。ほっとして最後の旅のビールを飲みにいった。そして帰国した翌朝、テレビから流れていた映像は防災番組ではなかった。「阪神淡路大震災」のライブ映像だった。
僕は報道写真家ではない、「阪神淡路大震災」が起こった時、いろいろと考えたが決して被災地へは行かないと決めた。僕がその地を記録することに必要性が見いだせなかった。今回の「東日本大震災」はどうか。またいろいろと考えた。やはり震災そのものを記録する必要性、必然性は見つけられない。ただ、なぜかあの地に行くべきではというささやきがいつも脳裏のどこかでささやいている。おそらく災害を見つめるのではなく、少しコトから離れたところで都市としての現状を記録してみたいというのが今僕の撮るべき視線かと思っている。
まずできることは足下から、いつも行っている都市歩き、昨日は平常どうりいつもの相棒と歩きました。。。。東北の様な大惨事は免れたものの、やはり地震の影響を受けた千葉県の東京湾沿いを2年ぶりで訪れた。
素晴らしい晴天のなか始まった

何事もなかったように、都市は僕らに微笑んでくれた。

災害を忘れ、あるいは忘れようとして、人々はいた。

五井海岸。
2年前ここを訪れたときは雨が降っていた、車の後ろのドアを屋根にして撮影した、潮は満ちていた。
晴天の今日、干潮の海、潮干狩りをする人々も眼に入ってくる。
ただこの写真の横には火災にあって少しこげて稼働していない煙突が物寂しくそびえ立っていた。

その後浦安へと行く。

日常の日曜のようにも見えるし、実際そんな人々でいっぱいだった。
ただ、場所によっては液状化のあとがけっこう見られた。
なにがあっても、何が起ころうとも、
づっと、づっと、都市歩きは続けるよ、いつまでも視続けるよ。。。

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21.02.2011 [都市]
やはり行きました。都市歩き@湾岸。

前回は豊洲。そして今回は相棒と一緒に有明から始めようというつもりだった。。。。
が、意に反して晴海にたどり着く。

竹山実さん設計の客船ターミナルをまず目指した。

中では何やらダーツの大会、デッキで対岸を撮っているとモデルを引き連れての大撮影会の一団がやってくる。最新鋭のこれ見よがしのデジタルカメラに望遠レンズをつけたちょっとオタクな日曜カメラマンの横でレトロなカメラでモノクロの撮影。でも僕もこの日は日曜カメラマン。日常カメラマンとはちょっと違う。

晴海埠頭公園はうってかわって静けさの中。

住人はレジャーに行ったのか、はたまたショッピングか、、、、

有明からはさらに遠ざかり豊海へ。
1年前の東京マラソンの日、この辺りで珍しくモデル撮影をしていた。
あまりにも珍しいことをしたので津波に遭遇してしまった。


その後芝浦、港南地区へ、

まだまだ歩いていないところがたくさんある。
次回はまた芝浦、港南地区をきわめてみようか、、、、、
今回はかなり良い景色のハンティングができた。
そしてまだ暗くなる前に相棒とすでに居酒屋にいた。

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18.02.2011 [都市]

先週、久々の都市歩きをしてみると、むくむくと欲望は広がってきた。

もっともっと歩きたい、、、ということでたぶん今週末も歩くことだろう。
都市歩きはどんな場所でも新たな発見があり楽しいことこの上ない。
なかでも、湾岸地区はなんとも面白い。
日常性が他の場所とはかなりかけ離れているように思われる。
まさに景色のフロンティア。
前々回の日記で「X-SCAPES デザイン展」で制作した「LABIRINTO」というショートフィルムについて書いた。

会場で「LABIRINTO」は流れていた。
そしてこのときもうひとつ映像を創った。
パティオに設置された二台のモニターでそれは流れていた。

湾岸地区の風景を淡々と流したものだ。

音もなくその映像は流れ続ける。
まったく話は変わるが、日記にも何度かでてきたが、音楽の演奏、太鼓の演奏、にこっている。
「アンサンブルの会」というところで皆で集まり、リズムを中心としつつなんでもありの即興音楽を奏でている。ある日の会。とても心地よい演奏だった。あとで話したところ、その日そこにいた人たちは皆がそれぞれ、森だとか空だとか何らかの風景を思い浮かべながら演奏していた事がわかった。僕もスタジオにいながら屋外をイメージしていた。
ここで先程の映像がまたでてくる。その湾岸の景色とその日の音を会わせてみたくなった。
話は長くなってしまったがそういうわけでYouTubeにアップしてみた。
http://www.youtube.com/watch?v=szJ2NqTlz_o
よろしかったらぜひ覗いてください。
で、また先週の都市歩きに話は戻る。
じつはこの日は撮影以外にもうひとつ企んでいた。
車にはジャンベを一台忍ばせてあった。
雨さえ振らなければ、都市を眺めつつ、ひとけのない湾岸で独りジャンベを叩いていたのだが、、、、
例の映像を撮っていた時は、、、
じつは、、、、、

湾岸地区。
いろいろ遊べます。。。。。。。。。
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14.02.2011 [都市]
2・11。東京は小雪が舞った。翌12日も時折日射しが微かに届くこともあったが寒い1日だった。

高層マンションの中から見える都市も良いけれど、やはり地べたを這い回りたく、久々の都市歩きが始まった。またまた、飽きずにベイエリア・湾岸地区をいく。じつはいつもの相棒と前日連絡を取ったのだが雪のため延期しましょうと言われる。もっともすぎるご意見で、誰が考えてもそうするだろうと同意する。が、夜寝る前に翌日は雪は振らない、少なくとも午前中は撮影できると、そんな天からの声が聞こえてきた。相棒には悪いが翌朝いつも通り早起きをして家を出る。もちろん雨も雪もない。早朝に起こすのも悪いし単独で決行。(ごめんよ!!!!!)


厚着はしているが指先だけはなんともならない、、、、、
とにかく寒い。。。。。。。


ほとんど空き地だらけの豊洲。いがいにも公園がいくつかできている。
寒々しい公園、さすがに連休のためかわずかに遊びにきている勇敢な家族を何組か見かける。





やがて雨が降り始める。少し周辺を車で流し、暖かい酒を求め家路へと向かう。
翌日は晴天、そして休み明けて、また豊洲にいた。別の撮影で、、、、、、、

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31.01.2011 [都市]
26.01.2011 [都市]
先日とある書店にあるギャラリーの撮影に行った。Jazzが流れる心地よいその場には一枚の地図がはってあった。それは江戸時代の東京の地図であった。撮影中同行していた編集者、ギャラリーを設計した建築家、書店の店主らは僕が撮影をしているあいだ、その地図を肴に話が盛り上がっていた。時たま話に入ったり、撮影したり、ゆるやかな撮影現場だった。いつしか撮影も終わり話に加わる。次に店主が見せてくださったのは中沢新一さんの「アースダイバー」という本についていたという縄文時代の東京の地図だった。今の下町や山手線の内部の大部分はまだ水の中だった。陸地と水辺の境にあたる場所に神社が多い、何やらいろいろと想像がふくれる、、、話はいろいろな時代に移りながら続いた。明治時代の東京になると、「風俗画報」という版画で東京を紹介している本を見せていただいた。都市を視る際に地形とともに観る面白さを痛感した。帰り道事務所に戻るときもいつも走っている道が上り坂、下り坂をさしかかるとき、、ちょっと違う時代を想像して、少しだけときめいた。
昨日二子玉川にできた高層マンションに行く。
テラスから見える景色、関東平野にビッシリと詰まった街。
ちょっと昔が垣間見れるレンズがあったらちょいと面白いかなと思いつつ、
今日の東京に賛美を送る。

百年後の人たちには今のこの景色もとってもレトロなことだろう。。

どなたかタイムマシーンを持っている方がいらっしゃいましたら、
ちょいと江戸の街までつれてってください。
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